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セックスレスを通して自分を知り、女性であることが楽しくなるカウンセリング

セックスレス解消!3ヶ月・自分恋愛カウンセリング

私が娘をバイリンガルにできなかった、しなかった理由。

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山本えみりです。セックスレスカウンセラーをしています。 レスの問題を根本から直す、3ヶ月解消カウンセリングをつくりました! 自分恋愛カウンセリング、自分に恋して、自分を愛する、そんな時間を作り上げて生きます。 ものを書いたり、ヨガをしたり、お料理をするのも好きだよ!自分が大好きなイタリア在住2児の母親でもある、ちょっと不思議ちゃんっす。
詳しいプロフィールはこちら

書くのはすごく難しいのだけど

うちの娘たち二人はイタリア語しか話せません。

もちろん私はイタリア語は外国語で、いまだに完璧に話せません。

彼女たちに伝わらないこともあるかもしれません。

日本語のように自由自在に表現することは多分できません

 

多くの方に

「もったいない、どうして日本語を教えなかったの」

「文化を伝えるって大切じゃない」

「自分が母親だったら、父親だったら絶対やってた。。。」

言われるたびに

実は傷つきます。

そんなの私だって思ってたから。

 

でも母親になってわかったのは

そんなに簡単なことじゃないし

そんなに大切なことじゃないってことでした。

これは全てのことに言えるのかも。。。
って今では思ってます。

 

一生懸命子育てしてたのに、夫に裏切られた!

 

一人目の子が3歳くらいまでは日本語を使ってました。

一人目の子は頭の回転も良くって、すごく日本語が上手でした

日本に連れて行っても喜ばれたし

下の子が妊娠中も

日本語を使っていました。

 

二人の娘たちの年の差は2歳なので子育てはすざましく大変でした。

母乳で育てたり

変なところでこだわっていたっていうこともあったのかも。

日本語も普通に使っていました。

それは結構大変なことだったけど、

日本の家族も夫の家族からも助けてもらえない子育てを

ワンオペでしていたため逆に

できることだったのかもしれません。

 

でも二人目が生まれた時に夫が浮気してることがわかって

そこから

自分のしていること全てに疑問というか

自信を無くしていったなって思います。

多くの人をイライラさせる二人だけの世界

 

バイリンガルってかっこいいって思ったとしても

多くの人が外国語って話せるといいと思ったとしても

目の前にいる二人が全くわからない言葉を一日中話すことに、

人は嫌気がさします。

 

わからないということは実はすごく辛いことなんです。

 

実際に私も体感したんですが

あんなに今でも

「日本語話せた方がいいよ!」

「日本文化を教えた方がいい!」

と言っている方でも

実際に経験して見ると

自分たちの前ではわかる言葉で話して

二人だけの時には日本語を話してよ!

という感じというか

まあそういうのを常に感じてました

私が勝手にそう感じてたのかもしれないけど

日本語を話すことは恥ずかしいことじゃないけど

ちょっと人とは違ったことでした。

それは夫もそうだったのかもしれないし、

一緒に暮らさなければそこまで面倒じゃないことなのかもしれません。

今では自分のせいで日本語が話せないって言ってくれるけど。。。

まあそんなの今になってはどうでもいいしね。

 

ミックスの子供が自動的に言語能力があるわけではなく

絶え間ない経験と学習から言語は習得するものです。

もし当たり前にバイリンガルをミックスの子供だからと

要求されるようになっても

それはどちらかの親が(もしくは両親が)絶え間ない努力をしたから、

という事でしかないのかもしれません。

 

 

直接的に言われた、だからあなたは間違ってる!

 

私が一人目の娘を日本語バイリンガルにしようと頑張っていたのに

実は結構

褒められることより、揶揄されることの方が多かったです。

それは見えないものだった。。。

そんなの気にするな、なんて、簡単には言えないものも多かったです。

「娘が日本語を話してるから、夫に愛想を尽かされる。。。」

みたいなことも言われたことあります。

もしくは私がそう捉えただけなのかもしれないけど。

夫にもそれに近い事を一度言われたことがあります

娘が日本語で夫の質問に答えていて

それが夫の機嫌に触れて

「言葉さえわからないのか!」

みたいな事を言った覚えがあります。

もちろん機嫌が悪かったからしょうがないんですけど

娘が誰かに嫌われる事を

私は教えてるのかなって思ったりもしました。

 

それを押し通してまで

自分が一生懸命努力してた事だったけど

唯一娘に与えられるものだったけど

日本語教えるのやめました。

 

あとすごく体力や集中力やエネルギーを使うことだったから。
二人の子育てて、無理だなって思ったんですね。その時は。

頑張ってることを否定されるのは辛いことだけどそういうこともあるし。

だって重要なのは

何かを教える事じゃなくって

彼女が幸せに生きていく事だから。

不条理だけどそういうこともあるし

それが何か問題になることでもない。

彼女たちは日本語のアクセントのないイタリア語を話します。

それが何?

なのかもしれないけど。

 

もしかしたら

私が日本語を話すことをやめた

いいことの一つかもしれません。

結局はイタリアの学校に行き

イタリアの世界に馴染んでいかなきゃいけないので

 

文化や知識や言語より大切なものってあるから。

 

そこからはどうやったら幸せに生きていけるのかっていう事を

他の人が言うことや

知識や

文化という必要のないものや(見栄やプライド)

常識的に考えて、娘たちの未来を豊かにするもの

バイリンガルに育てるとか

いい仕事につけるとか

頭のいい子供に育てるとか

ではない方法を探っていくことになりました。

イタリアで暮らしていくという事を決めた私は。

娘たちと、どうやって少しでも楽に

楽しく暮らしていけるのかを

探っていきました。

多分その探求っていうのは今でも続いてるのです。

本当に日本語を教えなかったのは正しいことなのかな?
って何度も思いましたし

今でもまだ遅くないのかなって思ったりします。

 

日本語が話せないって完璧な母親じゃないって言われてる気がした

 

あんなに頑張ってきた子育ても

日本語が話せない事で

娘たちに何かを与えられなかったて思われるのが

嫌なんだなって今はわかります。

 

本当は私だって与えたかったよ!

 

私は頑張ったもんそれでもって

 

もしかしたら全てのものを与えきれなかったかもしれない

 

でもあの時の私はその時はその時で頑張ってきたのです。

 

本当は最初は日本語教えてたんだもん。

でも人生には色々あって

第二言語とか

文化とか

未来とか

そんなものクソになる時があるんだもん。

だいたい文化ってなによ!

そんなもん必要なの!

 

2人お腹を痛めて、10ヶ月の不安をひとりで感じながら

どうにかこうにか、お産の後にボロボロになっても

子育てして、旦那はどこにいるかわからないけど

どうにか子育てしてきたんだもん。

 

それを否定しないでよって思ってるんだなって。。

そんな簡単な事じゃないから

お母さんでいるって。。。

 

それでもよかったって言ってよ!!!

褒めてよ!

よくひとりで子育て頑張ってきたって言ってよ

あれができないとかもったいないとか言わないでよ!

これは全てのお母さんが思ってる事じゃないかな。と思った次第です

 

娘たちはそれでも完璧!

 

娘たちも言われるそうです

「お母さんが日本人なのに日本語話さないの?勿体無い!」

と。。。

娘たちに聞かれます。

「なんで。。。?もったいないの」
私はよく
「わからない。その人たちにとっては、その能力があると

素晴らしいものだと思っているんだと思う。」

としか答えられません。
だってそうだから。

日本語を話す以上に

大切なことがたくさんあって

それを教えたり

作っていく必要があったから。

 

多分それはちょっと大げさだけど、

障害を持つ子供を持ったり

重い病気を患っていたり

今増えている発達障害を持つお母さんも

同じ気持ちじゃなんじゃないかなって思います。

本当は他にできることは

私がやってあげれることはあったんじゃないかって。

 

でも

うちの娘たちは素晴らしい人間に育ってます

弱い子を助けたり

人に気持ちがわかったり

一生懸命勉強したり
悩みながらも

成長してます。

日本語や文化やよくわからない抽象的な価値を持ってなくても

素晴らしく優しい子たちです。

そしていつも幸せです。

 

文化ってその人が勝手に持ってる勘違いでしかない

 

いろんな文化を知ると視野が広がるとか

日本文化はこういうものだとか

それってなんだろうなって思います。

 

日本っていう国で「やっていきにくい」って言う人は

日本をこういう国だって、

日本ではこうやらなきゃいけないって決めてるんだろうなって

思うんです

 

どこでも生きていくのは大変な事だし

そして楽しい事です。

 

そして人と同じく

国も文化、、、というものがあればですが

似たようなところを探せば山とでてきますし

逆に違ったところを探せばそれはそれで

違うところは見えてきます。

 

ステレオタイプに日本文化を見ることも

エキゾチックなものに憧れることも

私は不得意です。

 

そしてまたそれは海外はすごいとか

外国ではこれがスタンダードとか

まあ、だから?って思うんですよね。私は

 

別にどの国で誰がどうやって生きようと

私は私のやり方で

いきてくしかないし。

 

自分の今

持っているからだと

頭と

そのハートで

やりぬくしか無い。

 

それが辛い選択だったとしても

不条理なことだとしても

自分はそこでどうにかやってきたんだなって思うんです。

 

別に他のやり方が違ったり

もしくは優っていたとしても

そんなのどうでもいいし。。。。

 

母親は常に完璧じゃ無いから

その中で

完璧な子供が

育っていくのだから

と思っています

というのが私の母親という経験から

学んだことでした。

よくわかんないけど

ワーワー泣きながら書いた!

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